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2009年4月19日 (日)

タラの木って意外に…

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一番芽を採った株を再び見る機会が訪れたのだが、実際に見て驚いた。
左は3月29日、採取直前の写真。右は撮影角度こそ違うが4月18日の同じ株の写真。
タラの木は一般に三番芽を摘むと枯れると言われているが、この株は二番芽どころか四番芽まで出している。なんともたくましいというか健気というか、これを見てちょっと安心した。
脇芽を多く出すのは、危機的状況を察知するからだと言われている。この株は北側の林縁に生えていた樹高2mほどのもので、南側が開けているので育成条件も良い。そんな株ごとの条件も影響して、脇芽の数も変わるとは思うが、このまますべての芽が成長するのかと言えば、そうではないと思う。実際目にするのは二叉に別れた木が多いからだ。

ところで、タラの木は他の山菜と比べて、まさに神出鬼没の植物と言えるかもしれない。
暗い杉林が伐採されると、待ってましたとばかりにタラの幼木が生えてきたりする。
いったいどこから来るのだろうか?
実際に観察したことはないが、タラの木の実には果肉もある。これを鳥が食べて生息範囲を広げると考えるのが妥当だろう。
しかも種子は、地面に落ちても条件が悪い場合は発芽せず、休眠状態で何年もいられるらしい。この生命力は驚異に値する。
さらに根からも増える。大きな株の周りに小さな株がいくつも生えているのを見かけるが、あれは親株の根から子株が生えてきたものである。

もうひとつ不思議に思うのは、タラの木の存在意義だ。
この木は日当たりの良い伐採地や林縁に生えるが、そういう場所はやがて遷移して消えゆく運命にある。
伐採地に毎年通ってみるとわかるが、3年もすれば木々が生い茂り、それ以降は日光を遮断してタラの木も絶えてしまう。そんな短い期間に繁茂する意義があるのかと思う。しかも、もし人間がいなければ山火事でも起こらない限りこういう環境は発生しない。明らかに人間の手が入ることで種を存続させているように思える。
自然界では一般に、種(しゅ)は存続・繁栄を目的とし、生物は遺伝子の「乗り物」に過ぎないとさえ言われているが、例えば深海の熱水口周辺に群がる生物のように、そこに生息できる隙さえあれば、どんな過酷な環境でも何かしらの生物が入り込んでくる原理と同じなのだろうか。

そんな意外にも逞しいタラの木だが、実は最近、暗い林床で見つけた苗木を採ってきて、庭に植えてみた。
暗い林床なら、育たずに枯れるのが末路。ならば救済措置とまで言わないが、庭に移植してみようと思った。なるべく自然破壊につながらない株を選んで採ってきたつもりである。
例年なら、春に新芽を採取したあとは用済みのタラの木。今年から一年を通じて観察していこうと思う。

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